●法政基礎演習2

最終更新日:2017年8月21日

授業科目名
●法政基礎演習2
標準年次
2
講義題目
「現代」法律学の歴史的位置
開講学期
前 期
担当教員
塩見(佳也)  
単位数
2単位
教  室
205
科目区分
入門科目
履修条件
(1)民法総則を履修もしくは履修予定であることが望ましい
(2)憲法を履修もしくは履修予定であることが望ましい
(3)すべての受講者は「授業の進め方」に記した課題を実践しなければならない
(4)遅刻・無断欠席をなして省みぬ受講者は、履修の意思を放棄したものとみなされる
授業の目的
 (1)昨今の司法制度改革は、「正義へのユビキタス・アクセス」なる公式標語のもとに、事前規制型社会から事後救済・自己責任型社会への転換を促すものである。この「運動」は、司法制度による「権利」の実現というそれなりにコストのかかる手続を用いてさまざまな紛争を解決することを国民にもとめる。現在、社会的道徳・習慣等のインフォーマルな仕方での紛争解決が影響力を失い、相克するさまざまな「価値体系」が紛争を法的に解決するための基準を供給し得なくなっている。しかるに、このような「ポスト・伝統社会」においてこの「運動」の方向は不可避のものとされる。しかし他方、その前途はなお多難である。
 ところで、この授業で講読するテクストは、民法学の巨匠川島武宜によって半世紀前に綴られた。著者は、「権利」の実現、すなわち、価値体系の相克を基準たる制定法をもとに自己の信ずる「価値」の正しさを論争的に決断することを回避する日本社会に対して、あるいは、法典と現実との距離の隔たりに対して、軽蔑と焦燥を隠しはしない。
 他方で川島は、「科学」に嫉妬する。すなわち、一般的な規範が定式化された法典と個別的現実の紛争の隔たりを媒介する「法律的構成」(裁判規範)を、判決理由の中から探知し、そうすることによって、裁判という権力の行使を市民にとって予測可能なものとならしめ、法律学を「客観的」な「科学」たらしめるという、困難な試みを提起し、その多くを後の世代に課題として遺した。
 (2)半世紀を経たいま、川島の、軽蔑・焦燥・嫉妬を前にして、現在の「運動」は、どのような意味をもつのであろうか?
 この授業は、「権利」の実現という痛みの伴う作用を、法律学がどのように希求しあるいは苦悶してきたのかについて、川島の主張内容を理解し、そのうえで、いま時代によって祝福されつつある「運動」について、理論的な観点から観察する視座を養うことを目的とする。すなわち、この授業は、上記の正解なき問いへ向けて、理論的な応答の作法としてはそれなりの「共通の基準」を共有しうる、考え方・ものの見方を、受講者に習得することを求める。
 この授業を担当する講師が、上記の目的のために、受講者に要求することは、具体的には以下の2点である。
(a) 受講者は、川島の主張内容を下記「授業概要・計画」(2)に記した水準で理解するように、報告を準備していただくものとする。
(b) 報告を通じて、テクストの論理を要約する訓練を行う。同時に、レポート・論文作成に必要な、文献検索方法・文献表記の形式を習得する。
授業の概要・計画
(1) 初回授業について
 第一回の授業において、受講者の人数・意欲等にかんがみて、テクストの報告分担を決定する。したがって、受講者は、初回授業においては、最低限、以下の「教科書」欄に「必携」として指定した2著作を入手しておかなければならない。
 初回授業において、担当の決定の調整・連絡に必要なメーリングリストの作成を、受講者に依頼し、このメーリングリストにおいて爾後、質問・連絡・講師からの情報提供を行う。なお、初回授業において講師は、講読する主なテクストたる『日本人の法意識』の著者、川島武宜という独特の民法学者・法社会学者について、その法律学の方法・思想・時代的コンテクスト等について概略的解説をおこなう。
(2) 講読・運営方法について
 この著作は、民法学の巨匠によって作成されたものであるため、一定の知識を前提にして初めてその意味を理解しうるような、概念あるいは思想が、いかにも融通無碍にさらりと述べられている。しかしそこには、川島の思想のみならず、19世紀から20世紀へと変遷する時代に応じて生じた、法律学という知識体系の変化・20世紀という特定の時代をまえにした法律学的思考方法の特異性を理解するうえで重要な鍵が、うめこまれている場合が多い。このような箇所について、講師は、適宜解説をくわえて、資料を参照指示もしくは配布する。
 ところで、講師が、川島のテクストにあらわな軽蔑・焦燥・嫉妬に執着するのは、それらが、まさに法律学が社会をみる独特の見方・表象の仕方についての、或る本質的な問題群の所在を指し示すからである。すなわち、社会的な事象が、法典の操作をおこなう法律学という「眼鏡」(「法的価値判断・法律学的構成」)を通過して像を結ぶとき、その像は、たとえば同一の事象について社会的常識・道徳・政治等のさまざまな「眼鏡」を通過して現象する像と、どのように相違し関連するのか、あるいは、現実と法典との距離はどのようにして架橋・媒介されるのか、について考えを深めること。川島のテクストは、こうした思惟を深めることを読者に求めている。そして、このような思惟への感度を高めることは、三年次以降における法律学個別分野の専門的知見をふかめるうえで重要である。
 従って、担当報告者は、テクストの「表層」の論理を的確に要約することが当然求められるばかりではなく、このような細部について、講師に質問をし、あるいは、講師の質問に応答をし、テクストの主張内容を把握し他の受講者に解説しうる程度の、繊細な準備をなすことが求められる。
授業の進め方
(1) ゼミのすすめ方
(a) 報告担当者は、読解の対象たるテクスト『日本人の法意識』に関して、「授業概要・計画」(2)で示した水準で、主張内容要約・報告作業を行い、そのうえでテクストに対するコメントを付すことが求められる。
担当報告者以外の受講者は、担当箇所以外の部分に関して、テクストを簡単に要約した文章を作成し、その要約文章を、任意の他者と交換することが求められる。複数の要約文章を手にした受講者は、次週までの課題として、他者の要約文章に「添削」をしてその作者にこれを手渡すこととする。
(b) 以上の準備作業を経た後、報告者に対する川島の主張内容についての質疑・主張内容の是非について、議論を行う。
(2) 報告準備について
 報告を準備するなかでの質疑等については、メールにて受け付ける。報告内容に関して、共有しておくべき前提知識・情報については、授業時間内に説明するほか、メーリングリストにて情報提供をする。
教科書・参考書等
(1)必携(購入)
川島武宜『日本人の法意識』(岩波新書)
R. イエーリング『権利のための闘争』村上淳一訳(岩波文庫)
(2)参考図書
大木雅夫『日本人の法観念』(東京大学出版会)
川島武宜『「科学としての法律学」とその発展』(岩波書店)、『民法総則』(有斐閣)
(3)資料(必要に応じて、複写を配布する)
田中成明『法理学講義』、原島重義『法的判断とは何か』、
木庭顕「余白に」来栖三郎『法とフィクション』所収、他
成績評価の方法・基準
(1)報告・質疑・自主性(出欠・遅刻等も含む)を考慮して評価を行う。
(2)報告の放棄、度重なる無断欠席・遅刻は、単位履修の意思を放棄したものとみなす。
その他(質問・相談方法等)
・参加者のイニシアティヴによって、メーリングリスト作成等、情報を共有できる手段を可及的速やかに確立し、諸連絡は、主にこの手段によって行われる。
・必要に応じて、報告担当の前の週の課外時間に、プレ報告等を行っていただく。
・その他質問等については、研究室(内線4454)・個人メール(@law.kyshu-u.ac.jp の前に shiomi を付加)にて随時受け付ける。
過去の授業評価アンケート