法社会学

最終更新日:2017年8月21日

授業科目名
法社会学
標準年次
3・4
講義題目
法システムの社会学的観察
開講学期
後 期
担当教員
江口 厚仁
単位数
4単位
教  室
科目区分
展開科目
履修条件
特にありません。

 法律学/法解釈学が不得手な学生さん(法学部生/他学部生を問いません)でも、たぶん大丈夫です。
 ただし、その代わりに、いわゆる社会科学的/社会学的センスをある程度は備えていないと、議論の展開に乗り損なう可能性がありますので、ご注意下さい(「正しい法学部生」らしく「法解釈学だけは得意です」という方は、かえって戸惑うかもしれません)。
授業の目的
 法社会学は、いわゆる実定法解釈学とは異なる視点/異なる方法を駆使して、法現象・規範現象を観察・分析・理論化します。法社会学的な観察法(レンズ)を通して眺めると、ふだん見慣れているはずの「現実」が、実はとても複雑・不可思議な「仕掛け」の上に成り立っていることが見えてきます。「非常識にならない程度に常識を疑う!」、まずはこの「天の邪鬼の思考」の醍醐味を実感していただければと思います。

 敢えてそうした非常識な視点を採用する「ねらい」は何でしょうか? 私たちの社会が一筋縄ではいかない「多重構造」をもつことへの感度を高めるために、です。
 私たちの生きている社会は、決して「自明」でも「単純」でもありません。もしもそれが単純明快に見えているとすれば、それを自明視させている「社会的仕掛け」こそが、あらためて問われなければなりません(ひょっとすると観察者自身の「レンズの解析度」が低い=単純である可能性を含めて、です)。こうした社会の複雑さに応答する柔軟な思考のスキル、問題解決にあたって多様なオプションの可能性をさぐる構想力、思考の「引き出し」の多元化…、これらをみなさん自身が主体的に育んでいくためのお手伝いをすること、これが本講義の主たる目的です。

 目前の効用・有用性とはひと味違う次元から、社会現象をよりラディカルに思考すること、あえて「どうしてそこまで考えなくてはならないのか」という地点まで思考を追い込んでみること、そうした知的/時間的に贅沢な機会(「レジャー」とは、もともとそういう意味です)を持てることこそ「大学生の特権」だとすれば、この講義は「むやみに贅沢な時間=知的レジャー」への誘い、ということになるでしょうか。

 ことほど左様に、本講義の目標は抽象的(禅問答風!?)です。講義を聴き終えた時点で「多角的でフレキシブルな思考」なるもののノリを、みなさん自身がどのくらい「実感」できているかがポイントとなります。それゆえ、その「達成度評価」もまた、最終的にはみなさん自身が引き受け続ける問題として、未来に向かって開かれているのです。
授業の概要・計画
 上記の目的設定との関係で、全体に「抽象的な理論」の比重が高くなりがちですが、日常的事例や時事的話題を参照しながら、できるだけ具体的なイメージが湧くように心掛けて、講義を進めていきたいと考えています。

(0)イントロ:法社会学的に世界を観察する作法を体感していただくために、日常生活の中の些細なルールやルーティンな行動を題材にしながら、それらを斜め/裏側から観察する「思考実験」を試みます。
例えば、私たちが「ルールに従う」「法を守る」とは、現実にはどういう事態を指し示しているのか、「些細なルール違反」が引き金となって生じるフリーライダー問題を「ルールや制度」の力で解決しようとするとき、どんな軋轢が生じるか、といった問題について考えてみます。(5コマ程度)

(1)法社会学事始め:私たちが、あるいは法律家/法学が、法律問題について語るときの先行判断(暗黙のうちに「先取り」している「背後仮説」)について検討し、それらが固有の意義と射程をもつことを示します(法システムの「内的多元性」問題)。
例えば、法の解釈・法の妥当性/正当性/実効性・法の支配・先例拘束性といった法システムの基礎概念を、社会学的観点から再検討します。(5コマ程度)

(2)法社会学西遊記:法システムが、他の(外部の)社会領域と接触するとき何が起こるか、そこで生じる「衝突」が、どのような調整メカニズムによって処理されているか、といった論点について考えます(法システムの「外的多元性」問題)。
例えば、法とモラル、法とジェンダー、法と暴力/権力、法と先端科学技術(リスク)、法とメディア、法と経済/市場、法と市民社会的公共性、といったテーマをつうじて、「法的思考」のもつ固有の枠組みと、その射程について考察します。
このパーツ(第3クール)が、いちおう講義全体のコア部分に当たります。(毎回1話読み切り方式で10〜15コマ程度)

(3)法社会学今昔物語:過去の法社会学者たちは、法の何をどのように語ってきたか、そうした先行理論の現代的意義は何か、という論点を中心に論じます(法社会学説史)。
あわせて法的/法学的思考に固有の構造特性と、その社会的機能は何かという問題を、日本の「法学方法論争」の歴史を振り返りつつ論じます(法学方法論再考)。(5コマ程度)

(4)大団円:複雑多様な「現実」を前に、今後、法はいかなる対応策をとりうる/とるべきなのか、「法と上手に付き合う」とはどういうことか、私たちはいかにして「法と共存」してゆけばよいのか、といった問題群について、本講義の締めくくり(総括)の意味を込めて、最後にもう一度考えてみます。(5コマ程度)
授業の進め方
 事前に「レジュメ」「資料」を配布し、それに沿って(ただし頭から尻尾まで忠実に順を追って、という形にはなりません)講義します。なるだけ「1コマ1話完結型」で進めていく予定にしていますが、「路地裏散歩」の楽しみに負けて、話がすぐに横道にそれるため、めったに当初の予定通りには進行しなくなるのが悩みの種です。いまどきの学生さんの中には、話が予定通りに進行しないと苛立つ諸君もおられるようですが、多くの都市(まち)と同じく、散歩するならメインストリートよりもパサージュの方が遙かに楽しいに決まってるじゃないか、という言い訳をさせていただきます。

 なお、この講義では「学習情報量」とその「正確な蓄積」(「暗記作業」)はあまり意味を持ちません。いわゆる「試験範囲」なるものとも全く無縁です。むしろポイントは、ある具体的なデータが与えられたときの「情報処理の形式」を複合化すること、言い換えれば「物事を複眼的に観察するノリと勘どころ」を磨くことにあります。

 言葉の真の意味での「実用性」とは、「即効性(いますぐお役に立ちます)」を標榜する「小手先のノウハウ」に還元できない、こうしたタイプの「実践的思考様式」に裏打ちされたものでなくてはなりません。「正しい問題解決」のためには、まずもって「正しい悩み方」が問われなくてはならないのです。

 まずはみなさんに普段はあまり意識しないような(些細な)論点について「悩ましく」なっていただくことが先決です。そしてその悩ましさを、どう言葉で表現し、どのような方向で考えていけばよいかと、さらにみんなで考え込んでいきましょう。

 この講義には、遺憾ながら「正解」というものがありません。この点はあらかじめ十分にご理解の上、受講をお考えいただければと思います(「正解」なき悩みなど「自己満足」にすぎない、という考えの持ち主にこそ聴いて欲しい講義なのですが、そのタイプの人には話の趣旨が一番伝わり難い、というパラドクスがつきまとっています)。
教科書・参考書等
テキストは特に指定しません。
関連する文献・資料については、講義の中でその都度紹介します。

なお、江口・林田・吉岡編『圏外に立つ法/理論』(2012年、ナカニシヤ出版)を副読本として指定しておきます。具体的な使い道は講義の中で説明します。
成績評価の方法・基準
定期試験(レポートを含む)および出席状況により評価します。
いずれも「一風変わった方式」を採用しますので、具体的な評価方法については、開講初日に「プリント」を配布して、口頭で詳しく説明いたします。お聞き逃しのないようお願いします。
その他(質問・相談方法等)
 特に「オフィスアワー」は設定しません。適宜、質問・相談に応じますので研究室を覗いてみて下さい(時間を要するものについては事前にメールでアポを入れてもらえると有り難いですね)。

 法学の周辺領域・学際領域への知的好奇心が旺盛で、抽象思考があまり苦にならず、そのくせ「不思議な現実感覚」も併せ持っている「アイロニカルなお調子者」(この「お調子者」とは、軽薄とかチャラいとかいう意味では全くありません!)向きでしょう。もちろん、もっと一般的に「柔らか頭」のトレーニングをしてみたい人にもお奨めかもしれません。
過去の授業評価アンケート