履修条件 |
絶対条件ではありませんが、前期に開講される労働法の講義を履修することが望ましいのはいうまでもありません。労働法全体の基礎知識を身につけておくことにより、深い理解や活発な議論ができると思います。 疑問に思ったことをゼミの場できちんと発言しようという意欲を持っていること(間違っていたり、見当違いの意見でもケッコウです)。 ゼミ論を執筆する強い意欲を有すること(論文を書くのが嫌だという方はご遠慮ください)。 |
授業の目的 |
ワーク・ライフ・バランスという言葉をよく耳にします。たとえば、「ワーク・ライフ・バランス憲章」などというものも策定され、様々な役所で様々な政策の指導理念として用いられています。また、2008年から施行された労働契約法3条3項は「労働契約は、労働者及び使用者が仕事と生活の調和にも配慮しつつ締結し、又は変更すべきものとする。」との労働契約の原則を定めるに至っています。しかし、この言葉は抽象的で曖昧なので、なんとなく胡散臭さもあります。また、労契法3条3項も、労働契約の解釈の指針となりうるものの、裁判規範としての具体性を欠き、その解釈は様々な考え方がありうるといえます。 そこで、本演習では、労働法の立法や政策を実現するうえで、ワーク・ライフ・バランスという言葉がどのような機能を果たすべきなのかについて、様々な角度から検証したいと思います。 なお、日本のワーク・ライフ・バランスの議論は、出産・子育てとの関係で議論されることが多く、もっと端的にいえば、少子化対策をいう色彩を持っているため、労働法分野では、特に、妊娠・出産・子育て期の女性労働者支援の政策理念として機能していることも事実でしょう。しかし、本来は、豊かな職業生活と私的生活を実現するためのものであり、そこには、少なくとも、男女に関係なく、追及されるべき理念であるべきだと思います。つまり、働く女性の問題として考えるのではなく、男性の働き方も含めた労働のありかたを考えたいと思います。 最終的に、報告を踏まえて、ゼミ論を作成します。 |
授業の概要・計画 |
ワーク・ライフ・バランスの第1義的な政策は、子育て支援です。そこで、まず、子育て期における男性・女性の労働者の就労について、様々な統計資料を駆使して、その実態に迫ります。およそ法学部らしくない作業ですが、法的思考に入る前に、考察対象を客観的に分析することは必要です。手探りでもいいので、とにかく徹底的に調べるというのは、社会人になって、仕事をする上でも絶対に必要になります。 次に、実態が見えてきたところで、行政によってどのような政策が実施されているかを調べます。これは、厚生労働省だけでなく、経済産業省など様々な行政が行っています(そのため、政策がちちぐはぐになることがありますが)。ワーク・ライフ・バランスの政策理念が、具体的にどのような政策に結びついているのか、それによって足りない施策は何なのかといったことを分析します。 そして、そうした政策理念を受けた立法及びその法解釈としての裁判例の検討も必要になります。 例えば、ワークが従前通りできない場合の休暇・休業の保障(及びその所得保障)、子育て支援としての金銭給付、バランスをとるための短時間勤務制度の実施、在宅勤務制度の普及などがあります。また、労働法だけでなく、社会保障制度の面も検討する必要があります。専業主婦(夫)のメリット・デメリット、第3号被保険者の考え方の妥当性などなどの問題があります。 さらに、いったん退職した場合の再就職、育児との両立を踏まえてのパートタイム労働を含む非典型(非正規)雇用(非正規公務員も含む)などにも目を向けます。家事労働、育児・介護労働をめぐる問題(家庭外で委託すれば、料金が発生する(有償)のに、家庭内で行えば無償のように考えられているのはなぜか)、家庭内での無償労働負担の男女(妻と夫)格差も考えましょう。 また、ライフは「生活」だけではなく、「命」の意味もあります。ワークで「命」を削るようなことがないようにするには、どうすればいいか。労災保険、安全配慮義務(パワハラやメンタルヘルスの問題も含む)などが法律上の課題となります。 加えて、性に関わりなく働きやすい雇用社会の実現に向けて、男女の雇用平等(性差別、セクシュアルハラスメント等)の視点も必要になります。 そのほか、仕事と生活の関連で、労働時間以外は私的な領域であるにもかかわらず、企業秩序に反するからといって、勤務時間外の私的な行為(飲酒運転など)を理由とする解雇がなぜ許容されるのかといった問題もあるでしょう。 以上のような施策・社会実態を裏打ちする立法はどうなっているのか、立法を踏まえて裁判例はどう考えているのか、今後どうすべきなのかについて考えていきます(できれば、政策提言や法律条文の新たな解釈ができるように)。そして、そうした提言や法解釈を具体的に論文としてまとめる作業をしてもらいます。 |
授業の進め方 |
ワーク・ライフ・バランスに関して、毎回、ゼミ受講者に報告をしてもらい、議論します。また、この言葉の背景にある(政策目標としての)少子化対策という論点も重視します。例えば、報告テーマは、次のようなものが考えられます(あくまでも参考例です。ゼミ参加者が主体的にテーマを設定して報告してもらうことが重要です)。 ・夫の家事・育児時間はどのくらいか ・専業主婦(夫)は得か、専業主婦(夫)になりたいか ・バランスを考える前にライフが成り立つ所得はいくらか ・バランスのいい働き方〜多様な就業形態(非正規公務員も含む) ・子どもを持つことは損か得か ・育休切りって何だ、マタニティハラスメントとは ・キャリアと子育て ・病気のときの保障 ・長時間労働とメンタルヘルス、過労死・過労自殺 ・年次有給休暇の取得促進 ・男女の雇用平等とセクシュアルハラスメント ・育児介護と人事異動(転勤等) ・家事・育児・介護労働の価値(無償?有償?) ・シングルマザー・シングルファーザー(母子・父子世帯)と政策 ・私的な行為(飲酒運転)を理由とする解雇は許されるか etc. 経済学的、社会学的、政治学的に議論することができますし、できるだけ多様な観点から、ワーク・ライフ・バランスについて議論したいと思いますが、最後は、法律学的にどのように考えるかという作業は必ずやります。 労働法の内容としても、男女・正規非正規の雇用平等、休暇・休業、労働時間規制、人事異動(転勤・出向等)、労働災害・安全配慮義務、懲戒処分(解雇含む)といった領域に及びますので、広く労働法の問題を取り扱うことになります。 なお、関連する代表的な裁判例を挙げておきます。 男女同一労働同一賃金/塩野義製薬事件・大阪地判平11・7・28 労働条件格差/京都市女性協会事件・大阪高判平21・7・16 年休と自己決定/時事通信社事件・最3小判平4・6・23 産前産後休業と不利益取扱い/東朋学園事件・最1小判平15・12・4 育児・介護と配転/ネスレ日本事件・大阪高判平18・4・14 過労自殺と損害賠償/電通事件・最2小判平12・3・24 セクハラの違法性/横浜セクハラ事件・東京高判平9・11・20 病気休職からの復職/北海道龍谷学園事件・札幌高判平11・7・9 病気と解雇/東芝(うつ病・解雇)事件・東京地判平20・4・22 私的な行為と解雇/小田急電鉄事件・東京高判平15・12・11 1年間の報告を踏まえて、最後はゼミ論をまとめます。
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教科書・参考書等 |
参考文献をあげておきます。 山田昌弘『少子社会日本』(岩波新書) 野口やよい『年収1/2時代の再就職』(中公新書ラクレ) 竹信三恵子『ルポ賃金差別』(ちくま新書) 竹信三恵子『ルポ雇用劣化不況』(岩波新書) 竹信三恵子『家事労働ハラスメント』(岩波新書) 坂東眞理子・辰巳渚『ワークライフバランス』(朝日新書) 本田一成『主婦パート−最大の非正規雇用』(集英社新書) 今野晴貴『ブラック企業』(文春新書) 森岡幸二『貧困化するホワイトカラー』(ちくま新書) 石田衣良『非正規レジスタンス』(文春文庫) |
成績評価の方法・基準 |
出席状況、報告(レポート)内容、討論参加状況等によって、総合的に評価します。演習での学習は毎回出席することが前提となりますので、出席状況は特に重視します。毎回、報告担当者がゼミ参加者に担当テーマを講義するつもりで、しっかり準備してください。 |
その他(質問・相談方法等) |
@オフィスアワーの時間にご質問・ご相談をお受けいたします。オフィスアワー以外でもかまいませんが、その場合、十分に時間がとれない場合があります。メールでお問い合わせいただいても結構です。@law.kyushu-u.ac.jpの前に、yamaをつけてください。 A授業の進め方でも書いています通り、ゼミの議論を深めるために必要と思われる場合あるいは諸般の事情を考慮して、所定の授業時間を過ぎても議論を続けることがあります。ゼミの終了時間が多少遅くなる場合があることについてご理解ください。 B平成26年度のゼミ開始前の段階で必要に応じて連絡をとることがあります。「志望理由書」には、メールアドレス(通常の連絡が取れるもので、携帯のアドレス等)を丁寧に(わかるように)記入しておいてください。 C参考図書に挙げている本のうち、関心のあるものについて、最低1冊は目を通しておいてください。 |
過去の授業評価アンケート |
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