法社会学

最終更新日:2021年9月22日

授業科目名
法社会学
標準年次
3・4
講義題目
現代法システムの社会学的観察
開講学期
後 期
担当教員
江口 厚仁(EGUCHI A.)
単位数
4単位
教  室
月:D105 木:B112
科目区分
展開科目
使用言語
Japanese
科目コード
Course Title
Sociology of Law
Course Overview
1. Introduction to Sociology of Law (Socio-legal Studies)
2. Legal System and Society in Everyday Life (Case Studies)
3. Interaction between Sociological and Legal Theories
4. Legal System as a Self-referencial System
5. Knowledge and Practice to Live Together with Legal System
履修条件
【重要追加情報】講義の形式について
 昨年度と同様に「対面形式」で実施します。昨年度は、受講生の皆さんのご協力もあって、コロナ状況にもかかわらず、特段の「遠隔対応」をする必要もなく授業を終えることができました。本年度も昨年度と同様の方式で実施できることを希望していますが、もしも「卒業年次」の学生さんのうち、登校が困難な事情を抱えている方がおられましたら、その旨、法学部学生係さんまでお申し出ください。個別的に対応を考えたいと思います。

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 特段の履修条件はありません。

 法律学/法解釈学が不得手な学生さん(法学部生/他学部生のいずれ)であっても、特に支障はないと思います。ただし、日頃から現代社会への広範な問題関心を持ち(新聞くらいは毎日読んでください)、いわゆる社会科学的/社会学的センス(岩波・中公などの新書本が本棚にそこそこ並んでいると格好良いかも…)をある程度は備えていないと、ハイテンポで進む議論の展開に乗り損なう可能性がありますので、この点についてはあらかじめ覚悟の上で履修してください。

 もちろん現行法体系や法律学の知識を相応に備えている学生さんであるほど、授業を深く(自分自身の専門的な問題関心に引きつけつつ)理解する上で有益です。とはいえ、「正しい」法学部生にありがちな「法解釈学的知識量だけ」は誰にも負けません、という人は、かえって戸惑ってしまうかもしれません。実は、その戸惑いこそが肝要なのですが、「即効的実用性のある正解」が約束されない問いを悩むことなど「時間の無駄である」と考えてしまうタイプの人は、はじめから登録をご遠慮いただくのが賢明でしょう。この授業に(あるいは社会理論一般に)「お手軽な正解のようなもの」を求めても、そんなものは「もともと無い」のですから。
授業の目的
 法社会学は、いわゆる実定法解釈学とは異なる視点/異なる方法を駆使して、法現象・規範現象を観察・分析・理論化します。法社会学的な観察法(レンズ)を通して眺めると、ふだん見慣れているはずの「現実」が、実はとても複雑・不可思議な「仕掛け」の上に成り立っていることが見えてきます。「非常識にならない程度に常識を疑う!」、まずはこの「天の邪鬼の思考」の醍醐味を実感していただければと思います。

 わざわざ/あえてそうした「非常識な視点」から議論を出発させる「ねらい」はどこにあるのでしょうか? 一言で言えば、私たちの社会が一筋縄ではいかない「多重構造」をもつことへの感度を高めるために、です。

 私たちが暮らしている社会は、決して「自明」でも「単純」でもありません。もしもそれが単純明快に見えているとすれば、それを自明視させている「社会的仕掛け」こそが、あらためて問われなければならないのです(ひょっとすると観察者自身の「レンズの解析度」が低い=オツムが単純である(笑)可能性や、無意識うちに観察者の視野を限定/拘束する「権力作用」が働いている可能性などを含めて、です)。こうした社会の複雑さに応答する柔軟な思考のスキル、問題解決にあたって多様なオプションの可能性をさぐる構想力、「思考の抽斗」をできるだけ多元化しておくこと…、これらをみなさん自身が主体的に育んでいくために、ちょっとしたお手伝いをすること、これが本講義の主たる目的というわけです。 

 目前の効用や有用性とはひと味違う次元から、社会現象をよりラディカルに思考すること、あえて「どうしてそこまで考えなくてはならないのか」という地点まで思考を追い込んでみること、そうした知的/時間的に贅沢な機会(「レジャー」とは、本来はそういう意味です)を持てることこそ「大学生の特権」だとすれば、この講義は「むやみに贅沢な時間=知的レジャー」への誘い、ということになるかもしれません。例年、受講生のなかには「お勉強」の谷間に置かれた「知的休憩時間=オアシス」という意味でのレジャーを楽しんでくれている学生さんも少なからずいるようです。それはそれで全くOKなのですが、ご自分の頭を使って、もう「半歩」踏み出して思考を深めることができれば、きっとただの「お楽しみとしてのレジャー」に終わらない世界が開けてくるはずです。

 ことほど左様に、本講義の目標は抽象的(禅問答風!?)です。講義を聴き終えた時点で「多角的でフレキシブルな思考」なるもののノリを、みなさん自身がどのくらい「実感」できているかが評価のポイントとなります。

法学部ディプロマ・ポリシーとの関係で言えば・・・

A.専門知識・技能の観点では、暗記的情報量の蓄積は、特に重視していません(難解な専門用語を記憶して「賢くなったような気になる」効果はありません)。授業では「多種多様な悩み方」の方法論をみなさんに紹介しますので、それらのツールを使って実際にどのくらい「ああでもない/こうでもない」と、自分なりに思考を深められるようになるかがポイントです。なるだけ効率的に「正解らしい結論」を導くことよりも、不効率でもいいから「正しく悩むプロセス」こそを重視したいと思います。

B.汎用的能力・態度の観点では、いきなりそんなものが身につくと考えること自体がまちがいですね。本講義の主目的である「複合的観点から問題を考え抜く」という思考態度=ノリは、みなさん自身が今後の人生の中で折にふれて実践しつづける課題であり、その成否は未来に向かって開かれています。本講義が、そうした思考態度の育成に向けてちょっとしたヒントを提供する場となれば、さしあたりはそれで十分です。複眼的視点を持って、たとえ仮想的にであれ問題の「当事者の立場」に身を置き入れて真摯に悩んでみる思考実験をすることの意義はとても大きい、まずはそのあたりの感覚を実感していただければと思います。
授業の概要・計画
 上記の目的設定との関係で、全体に「抽象理論」の比重が高くなりがちですが、日常的出来事や時事的話題を参照しながら、できるだけ具体的なイメージが湧くように心掛けながら講義を進めていきたいと考えています。

(0)法社会学の門前にて:法社会学的に世界を観察するノリを体感していただくために、日常生活の中の些細なルールやルーティンな行動を題材にしながら、それらを斜め/裏側から観察する「思考実験」を試みます。
 例えば、私たちが「ルールに従う」「法を守る」とは、現実にはどういう事態を意味しているのか、あるいは「些細なルール違反」が引き金となって生じるフリーライダー問題を「ルールや制度」の力で解決しようとするとき、どんな軋轢が生じてくるか、といった問題について考えてみます。(5コマ程度)

(1)法社会学事始め:私たちが、あるいは法律家/法学が、法律問題について語るときの先行判断(暗黙のうちに「先取り」している「背後仮説」)について検討し、それらが固有の意義と射程をもつことを示します(法システムの「内的多元性」問題)。
 例えば、法解釈の客観性/体系性、法の妥当性/正当性/実効性、法の支配、先例拘束性といった法システムの基礎概念を、社会学的観点から再検討します。(5コマ程度)

(2)法社会学西遊記:法システムが、他の(外部の)社会領域と接触するとき何が起こるか、そこで生じる「衝突」が、どのような調整メカニズムによって処理されているか、といった論点について考えます(法システムの「外的多元性」問題)。
 例えば、法とモラル、法とジェンダー、法と暴力/権力、法と先端科学技術/リスク、法とマスメディア、法と経済/市場/貨幣、法と市民的公共性、法と恋愛といったテーマをつうじて、「法的思考」のもつ固有の枠組みと、その射程について考察します。
 このパーツ(第3クール)が、いちおう講義全体のコア部分に相当することになります(毎回1話読み切り方式で10〜15コマ程度)。

(3)法社会学今昔物語:法社会学の先達たちは、法現象のどこにどう注目し、それをどのように語ってきたか、そうした先行理論の現代的意義は何か、という論点を中心に論じます(法社会学説史)。
 あわせて法的/法学的思考に固有の構造特性と、その社会的機能は何かという問題を、戦後日本の「法学方法論争」の歴史を振り返りつつ論じます(法学方法論再考)。(5コマ程度)

(4)大団円:複雑多様な「現実」を前に、今後、法はいかなる対応策をとりうる/とるべきなのか、「法と上手に付き合う」とはどういうことか、私たちはいかにして「法と共存」してゆけばよいのか、といった問題群について、本講義の締めくくり(総括)の意味を込めて、最後にもう一度考えてみます。(5コマ程度)

 講義にあたっては、なるだけ専門用語を使わない形でお話ししたいと考えています。もちろん必要に応じて紹介/参照はしていきますが、理論的/分析的な思考をなるだけ日常言語を使って実行することの意義は、(1)専門用語を使うことで「簡単に分かった気になる」というありがちな勘違いを避けること、(2)自分の直面した問題を考える際に、まずは日常言語で思考するところから始めるのが私たちの通常の実践スタイルであること、(3)専門外の他者とコミュニケーションする際に、いきなり専門用語を多用する対話は適切ではないこと、などを意識しておく上で有効だという点があります。専門用語は他の科目で十分に習得できるはずですから、本講義では、あえて専門知を日常言語を使って活用するためのスキルを重視したいと考えているわけです。
授業の進め方
 事前に「レジュメ」「資料」を配布し、それに沿って(ただし頭から尻尾まで忠実に順を追って、という形にはなりません)講義します。なるだけ「1コマ1話完結型」で進めていく予定にしていますが、「路地裏散歩」の誘惑に負けて話がすぐにわき道にそれるため、なかなか当初の予定通りには進まないのが悩みの種です。いまどきの学生さんの中には、講義がレジュメの順序通りに進行しないことに苛立つ諸君もおられるようですが、物見遊山するならメインストリートより、パサージュぶらぶら歩きの方が楽しいに決まっているでしょう!?、と反論させていただきます(本講義は、「お勉強会」たることを初めから放棄しています。「実践知」とは、とりあえずは沈没してもいいので、まずは見よう見まねで自分なりに泳いでみることから始まるのです)。なお、話の中に突然出てくる各種サブカル系の話題については、ひとつひとつの具体的な意味がわからなくても、議論の本筋さえ理解できていれば何の問題もありませんので、ひとまずご安心下さい(よく知らない話題を振られてちょっと寂しい思いをする人がいるかもしれませんが、その点は何卒ご容赦下さい)。

 このように本講義では「学習情報量」の「正確な蓄積」(いわゆる「暗記作業」)はさほど意味を持ちません。定期試験直前に話題になる「試験範囲」なるものとも、全く無縁です。むしろポイントは、具体的なデータが与えられたときの「情報処理の形式」を複合化すること、言い換えれば「物事を複眼的に観察するノリと勘どころ」を磨くことにあります。

 言葉の真の意味での「実用性」とは、「即効性」(ただちにお役に立ちます)を標榜する「小手先のノウハウ」(マニュアル的な知識)には還元できない、この種の「実践的思考様式」に裏打ちされたものでなくてはなりません。「正しい問題解決」のためには、まずもって「正しい悩み方」が問われなくてはならないのです。

 というわけで、はじめにみなさんにお願いしたいのは、普段はあまり意識しないような(日常的で些細に見える)問題について「悩ましく」なっていただくこと、です。そしてその悩ましさを、どう言葉で表現し、どのような方向で解決策を考えていけばよいのだろうかと、さらにみんなで悩んでいきましょう。

 この講義には遺憾ながら「正解」というものがありません。この点はあらかじめ十分にご理解の上、受講選択をご検討下さい。冒頭にも書いたように、「正解」なき悩みなど「自己満足」にすぎないという考えの持ち主にこそ、ほんとうは真っ先に聴いて欲しい講義なのですが、そのタイプの人には話の趣旨が一番伝わり難い/こちらの主張をほとんど正確に理解してもらえない、というパラドクスがつきまとっています(人間は「自分の聞きたい」ようにしか、他者の話を聞かない、というコミュニケーションの「究極的真理」が明らかになる瞬間ですね)。そうした意味では、本講義を聴き、その後に友人たちと対話してみるという体験が、みなさんひとり一人の「思考のパターン」を自己チェックするチャンスとして有意義である、ということになります。コロナ状況下で、わざわざ対面形式の授業を行う目的は、この点にもあるということをご理解いただければ幸いです。
教科書・参考書等
 いわゆる「教科書」は指定しません。授業に関連する文献・資料については、講義やレジュメをつうじてその都度紹介します。

 それでは不安だ、という方々には、とりあえず、江口・林田・吉岡編『境界線上の法/主体 − 屈託ある正義に向けて』(2018年、ナカニシヤ出版)を副読本として指定します。本書の具体的な使い道は講義の中で(特に初回授業で)説明します。
成績評価の方法・基準
 定期試験(事前に準備されたレポートを含む)、および出席状況により評価します。

 いずれも「一風変わった方式」を採用しますので、具体的な評価方法については、開講初日に「プリント」を配布して、口頭で詳しく説明いたします。お聞き逃しのないようお願いします。

法学部ディプロマ・ポリシーとの関係で言えば・・・

A.専門知識・技能の観点からは、繰り返し「暗記的情報量の多寡は重視しない」と宣言していますので、定期試験においても、この点はとくに評価対象とは致しません。とはいえ、最低限の「小論文作成上の作法」は守っていただかなければなりません。それは学術テクストや社会評論に触れる機会を増やす以外に、修得の早道はありません。いわゆる随筆や感想文、あるいは趣味のブログ記事のような文体との区別がつかない、というのでは困ります。これはもはや本講義だけの問題ではありませんが、法学を深く学んだ学生さんほど「特殊法解釈学的文体」か/さもなくば「ただの感想文」か、という文体の「究極の二択構造」に、いつのまにか嵌り込んでいないかと、常日頃から注意を怠らないことが肝要です。

B.汎用的能力・態度の観点では、本講義のメインテーマたる「複合的観点から問題を考え抜く」という思考態度が最も重要です。授業で取りあげた「多様な悩み方の方法論」(もちろん自分で読書して獲得したものでも構いません)を参考に、錯綜した現実の問題を観察し、たとえ少々無骨でもいいから「正しく悩むプロセス」の軌跡を答案上に再現してくれれば、とりあえずはそれで十分です。

 なお、最近流行の「成績評価の客観化」に向けて、評価項目を細分化した上で、それぞれを数値化(フィギュア・スケートのように点数配分/比率化)し、みなさんに事前告知しておくという評価形式は、この講義の目的と全く整合しませんので、採用することができません。技術の上手/下手にかかわらず、「レディメイドで安直な結論」に飛びつきたくなる欲望に耐え、「自分なりに吟味した方法論」に従って「徹底的に頑張って考え抜こうとする構え」をこそ尊重したいと考えます。その際、暗記情報量の多寡は大した問題ではありませんので、定期試験は「一切持ち込み可」で実施します。

 そんな抽象的な基準で評価ができるのか? との疑念はもっともですが、とりあえず授業を聴き、関連文献にあたり、自分の頭で考え抜こうと頑張った答案からは、一目瞭然のオーラが立ちのぼってくるものです。書き手の学生本人にも達成感が生まれますし、その熟成度は読めば判ります。答案にいきなり「完成度の高さ」は要求しませんが、「自分なりに熟成させる努力の構え」は期待しても許されるでしょう。
その他(質問・相談方法等)
 特に「オフィスアワー」は設定しません。適宜、質問・相談に応じますので研究室を覗いてみて下さい(時間を要するものについては事前にメールでアポを入れてもらえると助かります)。

 法学の周辺領域・学際領域への知的好奇心が旺盛で、抽象思考があまり苦にならず、そのくせ「不思議な現実感覚」も併せ持つ「アイロニカルなお調子者」(この「お調子者」とは「軽薄」とか「チャラい」という意味では全くありません!)に向いていると思います。もちろん、より一般的に「柔らか頭」のトレーニングをしてみたい、と考える人にもお奨めです。
事前/事後学修  レジュメの該当箇所の読み込みと、授業後の復習(友人との対話を含む)を、各回4時間相当実施してください。