九州大学 法学部 法学部ニュース 第38号 2024年度 学位授与式

2025年3月25日、2024年度の九州大学の学位記授与式が執り行われました。
卒業者は法学部185名、法学府64名でした。(9月卒業・修了者含む)

2024年度 学位記授与式(卒業式)

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九州大学法学部を退職するにあたって 江口 厚仁(名誉教授)

江口 厚仁(名誉教授) 写真  私は2025年3月末をもって定年退職いたします。思い起こせば、1978年4月に九州大学法学部の新入生として、今はなき六本松キャンパスに入学して以来、途中に高校教師となって大学を離れた2年間を挟み、足かけ47年にわたって学生/教員として九州大学界隈をウロチョロしてきた計算になります。「光陰矢の如し」と申しますが、長いような、あっと言う間のような不思議な感覚にとらわれています。
 教員生活25年の想い出は、学務委員長として、またゼミの指導教員として、数多くの個性的な学生さんたちとの出会いに恵まれたことが強く心に残っています。また、私の自由気儘すぎる言動を、おそらく苦笑しながらも暖かく支えてくださった同僚・関係者のみなさまには感謝の言葉もありません。どうもありがとうございました。
 私の専攻は理論法社会学という分野で、社会システム理論を駆使して、多様な社会領域における法システムの作動様式を観察・分析・批判する教育研究に携わってきました。対象となる社会現象を、最大限「複眼的に観察する」ための理論と方法を鍛え、「当たり前の現実」が「他でもありえた可能性」を探る、というスタンスの重要性と面白さを伝えようと努めてきたつもりです。
 昨今、大学を取り巻く内外の情勢はドラスティックな変化を遂げ、私たち旧世代がいささかノスタルジックに語る「旧き良き大学」は昔話となりましたが、なればこそ時代に即した新たなカルチャーを立ち上げ、今後とも所属するすべての学生・教職員が、思う存分自分らしく、自由闊達に思考をめぐらせ、学び語り合い、よく遊び、誇りを持って働ける九州大学法学部であり続けてくれることを願っています。自由な批判精神の「揺りかご」にして「最後の砦」でもある大学文化を、未来に向けて力強く守り育てていってください。

退職にあたって 七戸 克彦(名誉教授)

七戸 克彦(名誉教授) 写真  定年退職前の最後の論文として、「法政研究」91巻4号(九州大学法学部創立百周年記念号)に戦前の九州帝国大学法文学部の話を寄稿したが、書き切れなかった話を付記しておく。
 伊都キャンパス文系イーストゾーンの前庭(中央図書館のエスカレータを昇った左手)に、九大第4代総長・松浦鎮次郎(しずじろう)の胸像があるが、彼は皆から「マツチン」と呼ばれていた。
 徳本穣(みのる)法学研究院長の尊父・徳本鎮(まもる)教授も皆から「トクチン」と呼ばれていたが(ちなみに親子で九大法学部教授・法学部長になったのは、菊池勇夫・高志父子と徳本鎮・穣父子の2組だけである)、その由来は、九大の学部学生以来の同期で法学部の同僚にして「碁敵」の徳本正彦教授と区別するためで、正彦教授のほうは「トクマサ」と呼ばれていたという(江口厚仁・元法学研究院副院長、熊野直樹・前法学研究院長のご教示による)。
 もっとも、江口教授・熊野教授と同じく九大で「トクチン」「トクマサ」両教授の講義を受講した田中教雄・元法学研究院長は「トクチン」は普通に使ったが「トクマサ」は言わなかったというから、元凶は「マツチン」と同様「鎮」の漢字にあったようにも思われる(子供に名前をつける際には注意したい。ちなみに徳本穣教授も「トクジョウ」とは呼ばれていない)。
 一方、私の在職時代には、「ウエダ」教授が4人(植田信廣・上田國廣・上田純子・上田竹志教授)、「タナカ」教授が3人(田中教雄・田中孝男・田中晶国教授)いたが、皆は「ノブヒロ」先生・「クニヒロ」先生とファーストネームで呼んでいた。「アラカン」「キムタク」といった呼び方が、もはや時代遅れになったということなのかもしれない。

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退職にあたって 田中 教雄(名誉教授)

 田中 教雄(名誉教授) 写真  2004年に九州大学に赴任してから20年以上、久留米市にある明善高等学校を卒業した後、1979年に法学部に入学しましたので、大学・大学院・助手の頃を含めると、30年以上、九州大学にお世話になりました。キャンパス移転もありましたが、物的にも人的にも恵まれた環境で研究・教育に携わることができたと思います。
 大学院の頃から、契約締結過程の規律、特に契約締結上の過失、詐欺・強迫、消費者問題として注目されていた不当勧誘などについて研究してきました。大学院でご指導いただいた先生方の影響もあり、またドイツ民法典や日本民法典の立法資料が入手し易くなったこともあり、現代的な問題をより深く理解し、その解決策を探る手段の1つとして、ドイツ民法典や日本民法典の編纂過程を経て、ローマ法にまで遡る学説史的な研究を行ってきました。『新注釈民法(2)Ⅱ総則(2)』(有斐閣、2024年)の96条(詐欺又は強迫)部分を担当しましたが、そこに研究成果を反映することができたと思っています。
 法学部の授業、特にゼミにおいては、私自身の勉強も兼ねて、私が関心を持っているテーマを取り上げたり、民法の改正に関する法制審議会の議論を取り上げたりしました。付き合っていただいたゼミ生諸君には大変感謝しています。
 法的な議論に正解はないと思います。法律も判例も通説も時代によって変化します。誰の意見が正しいか分からないからこその多数決であり、多くの人が支持している意見、その時点では最善と思われる意見を採用したものの、後から考えると誤っていたということもあり得ます。それゆえにこそ、反対する者の意見に耳を傾け自分の支持する意見について、その根拠を考えるという作業が重要なのだと思います。法学部はそのような議論の仕方を学ぶ場だと思います。
 学生の皆さんは、いろいろな進路を思い描かれているかもしれません。まだ進路について迷っていらっしゃるかもしれません。どのような進路であれ、法学部で学んだことがお役に立てば、教員の1人であった者として大変うれしく思います。
 最後になりましたが、教員・職員の皆さんには、ご迷惑を掛けることが多かったように思います。大変お世話になりました。ありがとうございます。大学を取り巻く環境は厳しさを増していますが、皆さまのより一層の発展を祈念いたします。

門田美貴先生 法政学会ロー&プラクティス講演会「集会の自由と『場』への権利」 成原 慧(法学研究院 准教授)

門田美貴先生 法政学会ロー&プラクティス講演会 写真  1月9日(木)に、京都大学白眉センター特定助教の門田美貴先生をお招きして、法政学会ロー&プラクティス講演会「集会の自由と「場」への権利」を実施するとともに、その後、門田先生を囲って赤坂=高橋ゼミ、鈴木ゼミおよび成原=西村ゼミによる合同ゼミを実施しました。
 門田先生は、博士論文を元に2024年に主著『集会の自由と「場」への権利』(尚学社)を出版されています。門田先生の著書では、民主主義社会において国民が政治に参加するにあたって重要な権利である集会の自由を行使するためには、集会のための場が不可欠であるという問題意識の下、現代の都市空間においては場の「私化」が進んでいるところ、企業など私人が所有・管理する場へのアクセスをいかに保障していくべきなのか、アメリカおよびドイツの判例・学説を題材に、縦横無尽に論じられています。
 今回の講演会は、門田先生の著書を拝読して興味を持ち、ぜひお話を伺ってみたいという赤坂=高橋ゼミの学生さんの意見をきっかけに企画されたものです。講演会では、門田先生が、スライドを活用して、民間企業の管理運営するニューヨークのズコッティ公園におけるウォール街占拠運動の際の集会など具体的な事例を織り交ぜつつ、研究の背景にある問題意識や著書の内容をわかりやすく解説され、学生の関心を惹きつけていました。その後の合同ゼミでも、講演の内容を踏まえ、集会の自由に関する日独の判例の姿勢の異同やプラットフォーム規制への示唆などについて多くの質問が寄せられ、門田先生からの回答に対し、時にさらなる質問が寄せられるなど、活発な議論が行われました。質問が多く時間内にすべての質問に回答できなかったため、門田先生には後日、書面にて、当日答えきれなかった学生からの質問への追加の回答までいただきました。
 この場を借りて、はるばる京都から伊都キャンパスまでお越しくださり、貴重なお話をしていただいた門田先生に、改めて心より感謝申し上げたいと思います。

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学生法政論集第19号に投稿して 井手 航(現在法学府修士1年)

井手 航(現在法学府修士1年) 写真  私は、この度学生法政論集第19号に、「インターネット上の『炎上』と共同不法行為」というテーマで論文を応募し、ありがたくも佳作を頂くことができました。ここでは、論文の内容を紹介しながら、論文執筆のきっかけや大変だったこと、得られた学びや反省などについて、拙い文ですが振り返ろうと思います。
 本論文は、多数人による特定人への集団的な誹謗中傷と定義づけられる、インターネット上で今日多く見られる「炎上」に対して、多数の書き込みを一体的に取り上げ、かつ、それによって生じた多大な精神的損害等について、連帯責任を負わせるという共同不法行為法理による対処の可能性を批判的に検討したものです。
 このようにして法的責任を問うことについて、まず村田健介先生は、「インターネット時代における名誉・名誉感情侵害」法学教室502号(2022年)において、従来の名誉毀損・名誉感情侵害法理は、多数人が一人に対して名誉(感情)侵害を集中的に行うという現象を想定してこなかったことを指摘します(14頁)。そのような状況の一例である、インターネット上の「炎上」に対処する手がかりとして、最判令和3年5月17日建設アスベスト訴訟で展開された法理を、炎上のケースにも妥当し得るものとして紹介しています。具体的には、各書き込みと炎上による重大な精神的損害との因果関係の証明が困難であっても、多数の書き込みが累積し初めて全部の精神的損害が引き起こされたことをもって、719条1項後段の類推適用により、各加害者の行為と結果との因果関係を推定し、(加害者間の関連共同性を認められない場合でも、)連帯責任を問うことができると述べています(15頁)。しかし、アスベスト訴訟の分析を踏まえ、炎上という事案の性質を吟味した結果、加害者の属性や保護法益の性質の相違といった観点から、そのような議論には問題があり、事案の特性に応じた具体的な修正が一定程度必要なものであると私は結論付けました。
 この論文を執筆しようと考えたきっかけ、そして学生法政論集に応募しようと考えたきっかけは、先ほども触れた村田健介先生の論文、「インターネット時代における名誉・名誉感情侵害」を読んだことです。そこでは炎上も含むインターネット時代の名誉侵害について、いまだ議論が手探りの中で、どのようにこの問題と向き合っていけばよいか自分の頭で考える手掛かり(15頁)が提供されており、非常に知的好奇心が掻き立てられるものでした。私が所属する、成原慧先生と西村友海先生の情報法・法情報学ゼミでは毎年ゼミ論を執筆するのですが、村田先生の論文に刺激され、現代的でいまだ理論的検討が乏しい、特定人への集団的な誹謗中傷に対する民事的対処をテーマに設定し、自分なりに思索を深めたいと考えるようになりました。加えて、私は以前から大学院進学を進路に定め、研究者になることも視野に入れていたのですが、先生方から、ゼミ論は学生法政論集という懸賞論文に投稿することができ、研究実績を積むチャンスにもなると伺ったため、自身の今後にとっても大きな糧になるに違いないと考え、学生法政論集への投稿に向け励むことにしました。
 次に、論文を執筆、投稿するうえで大変だったことですが、炎上と共同不法行為というテーマを直接的に扱った先行研究が存在せず、自分なりに既存の共同不法行為やアスベスト訴訟に関する議論のどの部分が炎上ケースに妥当し、どの部分が整合的でないのかについて慎重に精査する必要があったということです。結局、今回の論文では、アスベスト訴訟の立論を単純に用いただけでは、炎上ケースの重要な性質を見落としているために妥当な解決を導けないという点を指摘することで手いっぱいになってしまい、具体的にどのように修正したうえで援用すればよいかについてはほとんど述べることができませんでした。
 また、学生法政論集の応募締め切りが、ゼミ論の提出締切りよりも早く、加えて字数もゼミ論より多く設定されていたため、普段よりも計画的に文献を読んだり、アイデアをまとめたり、執筆に取り掛かったりする必要があり、早め早めのスケジュール管理に苦心しました。
 今回の論文執筆・投稿に際して身につけた様々なスキルは、私が大学院で研究していく際にも大きな糧になると確信しています。この貴重な経験を活かし、今後の研究にも励みたいと思います。
 最後にはなりますが、日ごろからゼミ内外でご指導くださった成原先生・西村先生に厚く御礼申し上げます。成原先生には、大学院の講義にも混ぜていただき、論文の実践的な書き方について多くの重要なアドバイスを頂きました。西村先生にも、論文についてご意見を頂戴したほかに、私の進路のことや研究のことなどについて何度もご相談し、大学院に進学することを決心する大きなきっかけをいただきました。加えて、情報法ゼミのメンバーの皆様にも、ゼミ論の進捗報告の際、多くの鋭いご質問や多角的なご指摘を頂き、論文の質を飛躍的に向上させることができたと思います。大変お世話になりました。また、このような学生論文を投稿する貴重な場を設け、私の未熟な論文を審査・評価してくださった九州大学法政学会の皆様にも、この場を借りて御礼申し上げます。本当にありがとうございました。

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LPセミナー 「民事模擬裁判」 弁護士 一坊寺 麻希

LPセミナー 「民事模擬裁判」 写真  「九州大学法学部1年生恐るべし」私が今回初めて模擬裁判の指導担当をさせていただいた感想はこの言葉に尽きます。正直なところ、最初は、まだ法律の勉強を始めたばかりの学生に模擬裁判をさせるのは酷ではないか、しかも今回取り上げた事案は、実際の貸金返還請求事件を題材としたもので模擬裁判として体を成すのか、という心配がありました。
 今回の扱った事件の争点は、返済する余裕ができたときを返済期限とする不確定期限の定めがあったか、返済期限が到来しているか、でした。
 この模擬裁判では、第1回口頭弁論から判決言渡しまで一連の民事裁判手続きを実演することになりますが、メインは証拠調べ(尋問)です。尋問といえばテレビドラマのイメージが強く、どうしても反対尋問では、意見を押し付けがちになってしまいます。何度か原告チームと打ち合わせを行いましたが、受講生が検討された尋問事項は、意見を求めるものが多かったものの、着眼点が面白く非常に興味深いものでした。そこで、異議が出るかもしれないが、色々なことを試してもらうこととしました。それに関連して、被告チームから意見を求めるような質問が出た場合には、異議を出してもいいかもね、と軽い気持ちでアドバイスしました。
 当日の証拠調べでは、被告チームからの反対尋問に対し、原告チームから異議が連発される展開となりました。予想外の異議に当初は被告チーム、裁判官チームも困惑している様子でしたが、徐々に相手(被告)チームに意見を聞いてから裁判官チームが判断するという一連の流れが板につき、より実践的な模擬裁判になっていきました。原告チームからの反対尋問では、打ち合わせのときからさらに細かく記録を検討してきたようで、鋭い質問が出ていて、不確定期限の定めがあったという獲得目標に繋がる質問ができていました。あとで聞いたところによると、徹夜して準備していた受講生もいたようです。これに対して、被告チームからも異議が多数出され、傍聴している私たちは本当に楽しませていただきました。
 尋問を終えたあと、数時間で裁判官チーム(4チーム)は判決を言い渡さなければなりません。これもまた大変な作業です。結果は、請求認容(原告勝訴)が3チーム、請求棄却(被告勝訴)が1チームでした。判決内容も短時間とは思えないほど良く検討されていて驚きました。
 このように受講生の熱意と努力の結果、想像以上のクオリティの模擬裁判を成功させてくれました。「学部1年生に模擬裁判は酷だ」「模擬裁判の体を成すのか不安だ」と思ったのが嘘のようでした。
 受講生のうち、どのくらいの方が法曹を目指されるか分かりませんが、彼らの中から将来多数の方が法曹となっていく姿が想像できました。
 今回、57名という多数の方に参加していただきましたが、今後も多くの学部1年生に参加していただき、その中から将来の有望な実務法曹が輩出されることを願っています。そして、次回以降も学部1年生の模擬裁判を楽しみにしています。

「模擬裁判」 学生感想 潮 絢羽(現在法学部2 年)

LPセミナー 「民事模擬裁判」 写真  最初のオリエンテーションで資料が配られ、説明を受けたとき、私たちだけで裁判が成り立つのだろうかと不安に感じました。法学についての学習を始めたばかりで、実際の裁判資料などを見たことがなかったからです。最初の難関は資料を読み取り、本件がどのような事例なのかを理解することでした。分からない言葉も多く、一人で理解するのは難しかったため、法学部の先輩に意見をうかがったり、同じ原告側チームの学生と話し合ったりして、徐々に理解を深めました。そして、資料を読み解いたあとの難関は、どのように裁判を進めていくのか、原告側を勝利に導くための作戦を考えることでした。資料を読めば読むほど原告側が不利に感じられ、私たち原告側チームは考えあぐねていました。また、私は原告側の中でも反対尋問を担当しており、主尋問を聞いてからでないと分からない部分も多かったため、より苦心しました。模擬裁判が近づくにつれて準備も佳境に入り、前日などは夜中まで皆で話し合いました。
 模擬裁判当日、スーツを着て会場となる弁護士会館へ向かいました。弁護士会館のそばには裁判所や検察庁もあり、緊張感が高まりました。会場内に入ると先生方や他のチームの学生たちも集まっており、いよいよ始まるのだなという緊張と好奇心が入り交じった感情になりました。実際に模擬裁判が始まると、最初のうちは皆たどたどしい様子でしたが、徐々に慣れ、熱も入り、活発な尋問が行われていました。私は原告側の反対尋問チームだったため、裁判の前半は出番がなく、主尋問を聞くだけでした。しかし、想像していたよりも本格的な裁判が進められており、皆の模擬裁判に対する真剣さをひしひしと感じ、緊張感が高まっていきました。休憩時間も、主尋問で得た情報をもとに必死に尋問内容を練り直しました。内容に誤りがないか、誤字脱字はないか、どのようなトーン・スピードで問いかけるのか、細かいところまで確認し、後半の反対尋問に臨みました。反対尋問中も、聞き出した情報をもとに質問内容を修正したり、新たに質問を加えたりと、臨機応変に対応しながら進めました。
 裁判官チームによって下された判決は、原告勝訴が3チーム、被告勝訴が1チームという結果でした。細かな判決内容は異なりましたが、原告側が勝訴したことは非常に喜ばしかったです。裁判に勝つことだけが正しいとは思いませんが、弁護士の立場として自分の役目を果たせたという点ではよかったと感じました。その後の先生方からの講評では、全体として今年の学生たちのレベルの高さを褒めていただき、また原告側の反対尋問が光っていたと特筆して褒めていただきました。とても光栄でした。この模擬裁判の経験を、今後の法の学びに活かしていきたいと思います。

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九州大学法文学部創立100周年記念式典に出席して 德本 穰(法学部長)

德本 穰(法学部長) 写真  2024年11月16日、椎木講堂において、九州大学法文学部創立100周年記念式典が開催されました。この式典では、第一部において、記念事業プロジェクト代表の岩田健治理事・副学長より式辞が述べられ、その後、石橋達朗総長、寄附者代表で株式会社福岡銀行の五島久取締役頭取、人文社会科学系4学部の同窓会代表者より、それぞれ来賓祝辞が述べられました。
 法学部長である私は、当日、記念事業実施委員として、この記念式典に出席しておりましたが、法学部の卒業生でもある五島久頭取の来賓祝辞の中に、その学生時代の思い出として、当時五島様が所属してありました民法ゼミ(担当教員は、父にあたります德本鎭でした)についてのお話があり、その中で、五島様が、問題解決の答えは一つではなく、なぜそうなるのかを論理的に考えて説明するリーガルマインドを学ぶことの重要性を強調しておられましたことに、強い印象を受けました。
 そこで、本日は、五島様や私が法学部の学生であった頃のお話等も採りあげながら、法学部のこれからの目標等についても、お話をさせていただければと思います。
 私が法学部の学生であった頃、これは、今から、約40年ほど前のことですが、当時も、法学部の講義において、演習(ゼミ)は、現在と同じく、重要な役割を担っておりました。ちょうど、自然科学系の学生の皆さんが、学部生の高学年になり、実験等に従事するのと同じように、法学部では、演習(ゼミ)に参加し、事前のリサーチやゼミの場での質疑応答等を通じて、研鑽を積むというように、よく言われていたと思います。
 当時は、ゼミにもよりますが、多くのゼミにおいて、現在よりも長く、ゼミの時間を設けられる先生方が多かったように思います。例えば、私の場合、商法と民法のゼミに所属していましたが、5限目に開講されていました商法ゼミでは、だいたい、毎回、ゼミの終了時間は、午後9時を過ぎていたように思います。そして、ゼミの終了後も、ゼミ生で、近くのレストラン等で、遅い夕食をとりながら、ゼミでの議論の続きをしたりしていました。
 また、当時は、ゼミ対抗のソフトボール大会というものがありました。このソフトボール大会には、各ゼミがチームを作って試合をするのですが、チームには、学生だけでなく、先生方や事務室の皆様も自由に参加してありました。こうしたゼミ対抗のソフトボール大会は、異なるゼミの学生同士の交流にもなりましたし、学生だけでなく、先生方や事務室の皆様との懇談の場にもなり、大変楽しかった思い出があります。
 ソフトボール大会で優勝したゼミには、トロフィーに優勝したゼミの名前を記し、その栄誉がたたえられました。そのトロフィーは、現在も、学部長応接室に、当時の状態のままで、保存されています。
 私が法学部の学生であった頃のこのようなゼミの様子等を通じて、現在、しばしば思いますことは、当時は、現在と比べて、学生の皆さんにも、先生方にも、事務室の皆様にも、ひいては、大学や社会全体にも、良い意味での「余裕」があったと思われることです。そして、この「余裕」があるということが、現在、とりわけ重要な意味を持つように思われます。
 例えば、先生方についてですが、私が法学部で助手になりました頃、これは、今から、約30年ほど前のことですが、当時と比べますと、現在、先生方は、研究や教育以外のことで時間をとられますことが明らかに増えたように思います。この背景には、様々な事情があり、やむを得ない面もあるのかもしれませんが、やはり、先生方が研究や教育により専念できるような環境をととのえることは重要であると思います。
 私は、父の生前、法学部やその前身の法文学部の頃の先生方の様子を、父から聞いたことが少なからずありましたが、例えば、父の指導教授でありました舟橋諄一先生は、良い研究や教育のためには、先生方が、十分な睡眠をとり、きちんと食事をし、自由な研究時間があることが重要である旨を、しばしば語っておられたと、よく耳にしました。
 現在、大学を取り巻く環境は、予算の面等、一段と厳しさを増す状況ですが、法学部のこれからを考えますと、このような良い意味での「余裕」というものを意識しながら、学生の皆さんの間の交流をさらに促進し、学生の皆さんだけでなく、先生方や事務室の皆様との懇談の場も増やしながら、先生方が研究や教育により専念できるような環境をととのえてゆくことが重要であると思います。
德本 穰(法学部長) 写真2  そして、このような環境を前提として、学問の自由の燈火という九州大学法学部の素晴らしい伝統を踏まえ、法学や政治学の分野において、研究や教育の内容をより充実させ、学問的知見を社会に還元しながら、福岡、九州、日本、世界において、次の100年を牽引してゆけるような創造性豊かな優れた人材の養成に努め、さらなる飛躍を目指してゆきたいと願います。

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九大法文学部創立100周年記念座談会 九州大学法学部の昔と今とこれから

▲左から、浅野先生、倉本さん、中島先生
▲左から、浅野先生、倉本さん、中島先生

◆九大法学部の国際化

-最初のテーマとして、九州大学法学部と関わる中で最も印象的だった出来事についてお聞かせください。

倉本

私は45年の間、法学部に関わらせていただきましたが、特に印象的だったのは、やはり国際コースができたことですね。
1994年、大学院修士課程のLL.M.コースが立ち上がったのが最初でした。
それまではほとんどが日本人学生だったのですが、日本語が全くできない留学生が学生係に来るようになりましたので、そのときは本当に戸惑いました。

-1994年からそのような制度ができて、留学生の受け入れが始まったのですね。

倉本

はい。LL.M.コースから始まり、国際化の取り組みが次々と立ち上がっていきました。

中島

その前、1994年以前の学生係(現学務課)はどんな雰囲気だったのですか?

倉本

基本的には日本人の学生さんだけでした。大学院生もとても多くて、200人余りいましたのでとても賑やかでした。
今の大学院は日本人の学生さんが減って100人程度になっています。

浅野

今の大学院は、ロースクールができた影響もあって、研究者を目指す学生が減っているので、今じゃ想像しがたい風景ですね。

倉本

専修コースがあって、その多くがロースクールに移行しましたね。

浅野

伊都キャンパス移転が印象的な出来事として挙がるかと思いましたが、国際化の話が出てきたのは意外でした。

中島

学生たちが英語で話すようになったというのは、確かに九大の大きな変化ですよね。

浅野

平成に入ってからのグローバル化の波が、九大にも押し寄せてきたということなのでしょうね。

中島

大学院生も、今では半分以上が留学生ですから。その当時、留学生対応はどのようにされていたのですか?

倉本

国際コース担当のスタッフを配置して、対応するようになりました。言ってみればその時期が今の九大法学部の国際化の原点と言えるのではないでしょうか。

◆箱崎の九大法学部

-長年勤めてこられて、九大法学部の「歴史」を感じる瞬間はありますか?

倉本

当時、学生だった方が学部長や教授になられているのを見たときですね。また、今でこそ、准教授や助教が多い体制ですが、昔はほとんどが教授で助教授が2人だけという時代でした。

浅野

今は大体3分の1くらいが助教授ですから、先生の構成も全然違いますね。

-箱崎時代、九大は地域とどのように関わっていたのか、お聞きしたいです。地域の中で九大がどのような存在だったのか、また、倉本さんご自身が福岡にお住まいになっていて感じておられたことなど、ぜひお話しいただければと思います。

倉本

そうですね、本当に箱崎は「九大の街」でした。私は箱崎キャンパスの目の前に住んでいるので、今は移転してしまって寂しい限りです。箱崎では、地域の子どもたちが九大生に勉強を教えてもらったりしていました。近くには学生向けの定食屋、居酒屋、焼肉屋など様々なお店もあって、学生さんたちでにぎわっていました。

-伊都に移転して感じるメリットはありますか。

倉本

伊都キャンパスに移ってから、設備はすごく立派になったし、環境としては良くなったと思います。箱崎時代は建物が古くて、冬は本当に寒かったです。あと、飛行機の音もすごかったですね。

浅野

ああ、そうでしたね。研究棟のほうは窓を閉めればちょっと聞こえるくらいでしたが、授業棟は窓を開けると授業が中断せざるを得ないくらいでしたね。

◆九大法学部の雰囲気

-学生の雰囲気でいえば、今と昔で変わらないところや違うところはありますか。

倉本

学生さんたちは、今も昔もとても優秀で真面目ですね。大学生活の中で違うところでいえば、ゼミ対抗のソフトボール大会など、学生同士の交流イベントが盛んでした。当時はグラウンドにゼミごとに集まり、職員や教員も一緒になってソフトボールを楽しんでいました。

浅野

実は、来年度からそのようなイベントを復活させようという動きがあります。大学院の活性化を目的として学生同士、また教職員との交流の場を作ろうという話が出ています。〔※脱稿後、ゼミ対抗の運動会が実施されました。〕

中島

私が大学院生だった頃も、教職員と学生が一緒になってソフトボールをやったことがありました。用務員のスタッフの方が審判をしてくださいましたね。

-そういったイベントがなくなったのは、やはりコロナの影響でしょうか?

倉本

コロナよりも前に、自然と途絶えてしまいました。

九大法文学部創立100周年記念座談会 写真

浅野

私が九大に赴任した2016年には、そういうイベントの話はすでに聞かなくなっていました。昔はそうした交流の場があったからこそ、学生と教職員の距離も近かったのでしょうね。

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◆九大法学部の魅力と特徴

-今までは過去のお話が中心でしたが、現在の話として、他の大学にはない九大法学部の魅力や特徴があれば、先生方から教えていただけますでしょうか。

倉本

必修科目が少ない、というのはとても自由なカリキュラムだと思います。以前は、憲法、民法、刑法、訴訟法などが、必修でしたから。そこは大きく変わったなと感じますね。

浅野

設備が新しい、というのももちろんありますけれど、私はやはり「雰囲気」だと思います。九大法学部独特の緩やかな雰囲気。その中で学生もみんな優秀で真面目なところ。そうした空気感が一番の特徴ではないでしょうか。

中島

これ、いざ聞かれるとなかなか言葉にするのが難しいんですよね。九大の特徴を挙げるとすれば、「自由な校風」が残っていることだと思います。自由な校風って、一度失われるとなかなか戻らないものなんですよね。かつては全国の大学にあったのかもしれませんが、今は社会のいろんなニーズに応える中で、大学も「整った」方向に進んでいる。それはそれで良い面もありますが、自由な思考を生み出すような雰囲気は失われがちです。九大には、それがまだ残っている。

浅野

先ほど倉本さんが「必修科目が減った」とおっしゃいましたが、「自由な校風」もそれと関係しているようにも思います。必修が減ったということは、良くも悪くも学生の自主性に委ねられている、ということなのかもしれません。

中島

本当に、その環境を活かせばやりたいことをどんどん実現できる良さが、九大にはあります。今は資格試験や就職活動の時期が早まっているので、その自由さが一見見えづらいところもあります。でも、浅野先生がおっしゃったような「自由な校風」は、やはり大事だと思いますし、そうした雰囲気を大切に育てていくことも大事なことではないかと感じますね。

◆これからの九大法学部に求められるもの

-最後に、これからの九大法学部の在り方について、お考えをお聞かせください。

倉本

私は、今の自由な校風をこれからも大切にしてほしいと思います。

浅野

地域に根差すという点では、やはり九州の中でトップを担う人材を育てていくということが大事だと思っています。しかし同時に、全国、さらには世界で活躍する人材も育てていく必要がある。その両方を目指すことが、これからの九大法学部の役割なのでしょうか。

中島

実際に卒業生たちの進路を見ると、地元で活躍する人、全国各地で活躍する人、海外で活躍する人と、本当に様々です。それは学生たち自身の志向性があってそこで将来像に合わせて育っていっているように思いますね。そこは今も昔もいい意味で変わる必要はないということになりますね。このまましっかり続けていきたいですね。

-最後に、これからの学生たちに向けて、一言メッセージをいただけますか。

倉本

法学部の皆さんが自分らしく活躍されることを、心より応援しています。

河村文庫 赤坂 幸一(法学研究院 教授)

 1894年、山口県に生まれた河村又介先生は、東京帝大法学部政治学科を主席卒業したのち、吉野作造研究室の初代助手、東北帝大教授を経て、1932年より、九州帝国大学教授に着任されました。戦後は、発足したばかりの最高裁判所のオリジナル・メンバーとして、16年の長きにわたって初期の最高裁判例の確立に寄与されます。憲法学者としても、吉野作造・美濃部達吉の薫陶を受け、ドイツ国家理論や選挙制度、直接民主制など統治機構論の比較憲政史研究に大きな足跡を残されました。河村先生の学説は、例えば最高裁判所裁判官の国民審査に関する最高裁判例(最大判昭和27年2月20日民集6巻2号122頁)に影響を与えています。
 そして2022年1月、河村先生のご遺族宅をお訪ねしたところ、数多くの貴重な資料の存在が確認されました。ご遺族のご意向を確認しつつ、約3年をかけて受入れ・整理作業を進め、2024年11月、九州大学法文学部創立100周年記念事業の支援を受けて、一部資料をデジタル化しました。(「河村又介関連文書」として、九州大学デジタルアーカイブにて公開しています。)「関係文書」には、国法学講義筆記や憲法講義ノートなどオリジナルの資料のほか、大著イェリネク『一般国家学』の翻訳原稿(未発表)も含まれています。河村先生晩年の憲法講義の音声データもあり、「名講義」と語り継がれる先生の肉声を聞くことができます。
 2024年12月20日には、河村先生のご遺族を、九州大学伊都キャンパスにお招きしました。ご遺族は、本学法学部長の徳本穣教授と懇談され、ご寄贈いただいた河村先生の貴重な肖像画のもとで素敵なひとときを共にすることができました。その後、伊都キャンパス内をご見学いただいたのち、九州大学中央図書館にて、今回の受け入れ作業についてご説明しました。
河村文庫 写真  ご寄贈いただいた資料は、戦後の最高裁判例の確立に寄与し、憲法学者としても大きな業績を残した河村先生の足跡を窺わせるもので、憲法・国法学・国家学にとって重要な意義を持ちます。河村先生のご遺族をはじめ、受入れ作業にご尽力いただいた皆さまには、あらためてあつく御礼申し上げます。

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国際取引法ゼミ 木下 陽斗

 国際取引法ゼミは、国際商取引に関する交渉や仲裁を学ぶゼミです。そしてその学びを実践する場として、年に一度、11月もしくは12月に行われるINC大学対抗交渉コンペティションに参加しています。
 この大会では、模擬仲裁の部と模擬交渉の部があり、毛色の違う2つの科目が審査されています。
 模擬仲裁では、UNIDROIT国際商事契約原則に則った取引において生じたトラブルについて、当事者の代理人となって解決するロールプレイを行います。架空の会社同士の国際取引ではありますが、細かく設定が作り込まれており、問題文にある英文の契約書やメールのやり取りから弁護に必要な情報を読み取り、適切な条文を用いてこれを主張するという、実践的なロールプレイを行えます。模擬仲裁の主張には絶対的な答えがあるわけではないので、ゼミ生同士で何度も検討を繰り返し、定期的に松井先生に、時にOB方にアドバイスをいただきながら大会までの準備をしています。
 模擬交渉では、仲裁とは異なり、商取引の当事者となり、条文や法的主張に囚われない自由なやり取りのロールプレイを行います。交渉では、自らの正当性のみを主張するのではなく、相手方とWin-Winになる解決、将来にわたって利益を最大化できる選択を目指して駆け引きをすることとなります。本番で駆け引きを制するためには、自らが求めるゴールの設定、相手方の分析、その他代替手段との比較などを事前に検討しておく必要があります。準備においては、自社と相手方の分析を丁寧に行い、ゼミ内戦を繰り返しながらブラッシュアップしています。
 この大会以外にも、前期の末に大会よりは軽い問題を使用した模擬戦を行ったり、夏休みには有志で集まり、他大学との交流戦のために東京へ遠征したりと実践の機会を多く作っています。また、教科書の輪読や要件事実の座学など、国際取引の基礎について学ぶような時間もあるので、国際取引について全く知らない学生でも一から力をつけることができます。
国際取引法ゼミ 写真  ゼミ全体の雰囲気としては、ロールプレイで必ず役割があるため、3年生4年生関係なく議論が活発に交わされ、普段の生活でも仲良く、会話が多いゼミで、おしゃべり好きな人にはぴったりだと思います。一方で、仲裁では真面目に検討することになるので、仲の良さと真面目さが両立した部活のような雰囲気です。

松井 仁(法学研究院 教授)

 当ゼミの概要については、木下さんの記事が要領良く説明してくれているので、私は、より具体的なイメージを持っていただくため、昨年、ゼミ申込者の皆さんを面接したときに出題した事例を紹介しましょう。要約すると、「西新にある障がい者団体にボランティアとして関わっているあなたは、1週間後に予定されている節分パーティに使うイチゴの買い付け担当となった。予算は5,000円で、10パックが必要である。“リヤカー部隊”で知られる同地の商店街に下見に行って、あるリヤカーのおばちゃんからイチゴを試食させてもらったところ、とても美味しかったので、是非ここで買いたいと思った。ただ、相場(600円程度)より高い1パック700円の値がつけられていた。さて、あなたは、必要なイチゴを予算内で調達するため、そのおばちゃんと、どう交渉しますか?」 というものです。
 皆さんから色々な答えが出ました。分類すると、①信頼関係を獲得する:まだ1週間あるので、毎日おばちゃんのところへ通って仲良くなる。リヤカーを押すのを手伝ったり、農作業を手伝う。②社会的意義を訴える:障がい者を元気づける大切な活動であること、予算が限られているので、是非支援してほしいと訴える。協力してくれたら、パーティに招待し、顕彰する。③相手の利益にもなる提案をする:今回値引きしてくれたら、今後も同団体のイベントや日頃の食材を、おばちゃんの店から調達することを約束。SNS等で、「このリヤカーの果物は美味しいよ!」と宣伝する。④市場原理を利用する:西新のほかの店を調査して、相場が600円であること、また、(もしあれば)500円で売っている店もあることを示す。量を買うことによる値引きをお願いする。
 もちろん、面接でこれらを全部思いつく申込者はいませんでしたが、うち1つや2つについて、筋のいい答えが返ってきたり、考え方にセンスを感じれば、今後の成長を期待して合格としました。話すことが得意なので活かしたいという人だけでなく、「苦手なのでこのゼミで克服したい」という人も歓迎です。“コミュニケーション力”は、単に流暢に喋ればよいということではなく、訥々とした語りでも自身の考えをしっかり伝えられるか、相手の言うことを良く聞いているか、が大事だと思っています。
 当ゼミでは、上記のような身近な事例から出発して、企業間の交渉、さらには国際的なビジネス交渉や紛争解決へとステップアップしていきます。4年生の後半ともなれば、3年生の初めの頃からは想像できないほど成長した姿をみることができ、毎年、自信をもってゼミ生を社会に送り出しています。

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2024年度 進路先一覧

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